【心を解き放つ】名取の絶景に 抱かれる、新しい祈りの地

ご挨拶

佐居里明神社は、名取みどり台の丘の上に鎮座し、街の景色を一望できる場所にございます。
歴史ある御由緒を持ちながらも、地域の皆様に「気軽に参拝に来られる場所」として親しまれるよう、静かで落ち着く、心安らぐ空間を大切にしております。

佐居里明神社は、名取みどり台の丘の上に鎮座し、街の景色を一望できる場所にございます。
歴史ある御由緒を持ちながらも、地域の皆様に「気軽に参拝に来られる場所」として親しまれるよう、静かで落ち着く、
心安らぐ空間を大切にしております。

年間行事

  • 1月 元旦 
    • 新年の御祓い
  • 1月6日 
    • 年頭御祓い
  • 2月3日 
    • 立春の御祓い 節分祭事
  • 3月3日 
    • 初節句 桃の節句 御祓い
  • 4月4日 
    • 新年度御祓い
  • 5月5日 
    • 端午の節句 
  • 6月1日
    • 水無月祭
  • 6月30日
    • 夏越の御祓い
  • 7月1日 
    • 文月祭 佐居里明神月次祭
  • 8月1日
    • 佐居里明神月次祭
  • 9月1日
    • 佐居里明神月次祭
  • 10月1日
    • 神無月祭
  • 11月1日〜3日
    • 秋季太祭
  • 12月/
    • 壱年感謝祭 太祓祝詞唱上
  • 12月26日
    • 大掃除【13時〜予定】
  • 12月31日 大晦日
  • 12月28日(月)予定
    • 伊達家、注連縄張り

佐居里明神 縁起由来

戦国 中期 伊達政宗と 蒲生氏郷の争いが始まらんとする頃…
(天正十八年・一五九〇年)
それを憂いなす 一人の女御在りき・・・ 両御大家一触触発の折りしも、ひとたび、太戦(おおいくさ)始まれば 城下町千代(仙臺)が、大火に包まれ、町民・商人・武士に及ぶまで、惨きに至るを回避せしめんと、三七の行(二十一日間の断食・潔斎)を完えて・・・

仙臺城築城(天守台・護国神社)の折、自らを人身御供にと誓願しその身を捧げ、伊達家一門を始め、東北の領土を守護し 永きに渡り 秘されて来ました。

此度の新型 コロナウイルス 蔓延 (疫病神) 封じを兼て此の度 天の時 到来する機運となり、地元地域はおろか、世界救済の明神として、名取みどり台の地に奉祀される事と相成りました。


令和弐年四月五日
奉祀日 令和弐年四月五日(天赦日)
御祀神 佐居里明神 (さをり みょうじん)
階位 神界位
祭主 大久扶彌江
(参拝作法) 二礼三拍手(お祈り・祈願)

【佐居里明神社 縁起由来】

天正十八年(一五九〇年)、関白豊秀吉公は小田原参陣しなかった大崎義隆氏と葛西晴信氏を『奥州仕置」で改易した。

すると大崎氏と葛西氏は領民を巻き込んで一揆を起し、新領主となって赴任した木村吉清氏を攻めたてた。だが、木村氏には奥州三十万石を治め、一揆を鎮圧できる力はなかった。一揆が起こったもう一つの要因は伊達政宗公にあった。

奥州安寧願っていた、政宗公はここで一計を案じ、葛西・大崎家の分断を図った。

その一揆を鎮圧できなかった木村氏は、豊臣秀吉にその責任を取らされて改易となり大坂の地へ戻された。

豊臣秀吉公は甥の豊臣秀次公を総大将にし、徳川家康公、上杉景勝公、浅野長吉公、蒲生氏郷公、伊達政宗公らに一揆鎮圧を命じて奥州に出陣させた。奥州に着陣した家康公は、一拠点として岩手沢城(岩出山城)を築いた。

伊達家の家臣である須田伯耆が裏切り、『大崎と葛西の一揆を扇動したのは、政宗公の一揆を煽ったとされる書状を、会津藩主になった蒲生氏郷公の陣営に届け出た。蒲生氏郷公は早馬にてその書状を大坂城の関白豊臣秀吉公に送った。

秀吉公は激怒したが、政宗公は関白の前で、『書状にある拙者の花押の鶺鴒の眼には、針穴が御座います。鶺鴒の眼に針の穴のないものは真っ赤な偽物』と言い張って難を逃れた。

だが、米沢に戻った政宗公を待っていたのは、1591年/米沢七十二万石から岩出山城(五十八万石)への国替えであった。

慶長五年(一六〇〇年)九月十五日、『関ヶ原の戦い』で伊達政宗公は東軍の徳川家康公に味方した。

政宗公は『関ヶ原』には、敢えて、出陣をしなかったが、石田三成公の西軍に味方した会津藩主の上杉景勝公を牽制した。

政宗公は大軍を率いて刈田郡(国見)まで出陣し、景勝公率いる十万の上杉軍を牽制し、一歩たりとも西には行軍をさせなかった。

そのため『関ヶ原の戦い』では、徳川家康公率いる東軍が歴史的勝利に至った。

慶長六年(一六〇一年)一月十一日、伊達政宗公は恭順した国分氏に、『貴殿の青葉山にある千代城に伊達藩の居城となる仙台城を築きたい』と依頼。国分氏も政宗公の頼みを快く承諾した。

佐居里姫は仙台城築城の折、『仙台城と領民の安寧を祈り、人柱となりたし…』と 政宗公の前にあゆみ出た。
その勇姿に、伊達政宗公も家臣も、皆涙したという。

佐居里姫は人柱となるも、その時、雷鳴轟き、大雨が降りしきる中、その地を古くから治める、沙振利龍神が現れ、姫の御霊を優しく抱きかかえて天に昇って行った。
こうして佐居里姫は伊達家の明神となり、(神格)となるも永きにわたり、秘されて来た。
その太龍神は、佐居里姫に神通力を与え。すると不思議なことに、その祈りが神に通じたのか、伊達氏と豊臣家の一触触発の太戦は回避され、城下町仙台は火の海を免れるに至った。

今日でも佐居里姫は奥州の民の安寧を祈り続けている。

此の度、仙台城下と仙台平野を遠望できる『名取の地みどり台』に『佐居里明神社』を建立する運びとなりました。

かくして此の地より東北の民の安寧と世界平和を日々願いつつ陰から躍動し続けている

ご参拝・境内

最新のイベント・お知らせ情報は、随時更新されています。ぜひチェックして、佐居里明神社で特別な思い出を作りませんか?

【新しい神社の物語】地域と共に育む、未来への祈り

コロナ禍という困難な時代に、人々の心の拠り所となるよう、この地に佐居里明神社は誕生しました。単なる神社としてだけでなく、地域に根差し、皆様と共に未来を育む、開かれたコミュニティの場でありたいと願っています。

季節ごとの行事や、地域活性化への取り組みを通じて、より多くの皆様に愛される神社を目指してまいります。どうぞご期待ください。

佐居里明神社へのアクセス

住所:〒981-1247
宮城県名取市みどり台2丁目4−23

お車でお越しの場合
東北自動車道「名取IC」より約15分。広々とした駐車場を完備し
ておりますので、安心してお越しいただけます。

【あなたの訪問をお待ちしております】お問い合わせ・よくある質問

冠婚葬祭・地鎮祭・お宮参り・七五三詣・厄歳祓・車両のお祓い・合格祈願・家内安全・商売繁盛など、諸祈願の受付も承っております。

Q. 御朱印はいただけますか?

A. はい、社務所にて授与しております。授与時間:〇時~〇時(※詳細は現地にてご確認ください)。

Q. ご祈祷の予約は必要ですか?

A. 内容により異なりますので、事前にお電話またはお問い合わせフォームよりご相談ください。

Q. 写真撮影は可能ですか?

A. 境内での個人的な撮影は可能ですが、他の参拝者のご迷惑にならないようご配慮ください。

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